The Get Program 2024 Part 2

フランスを旅立つ日の朝、クロワッサンとパンオショコラを名残惜しみながら朝食にいただき、モンペリエ空港で Kevin に別れを告げ、LCCでロンドン・ルートン空港へ向かいました。
ロンドン・ルートン空港へは2時間程で到着し、そこから車で20分程の街 Hitchin(ヒッチン)へ。

待ち合わせ場所にホストファミリーがそれぞれ迎えに来ていて、初めましての挨拶早々にケンブリッジへ急いで向かいます。向かった先はサッカー場 The Cledara Abbey Stadium。着いた初日の土曜日にしかサッカーの試合を観戦できないということで、急いでスタジアムへ向かいホストファミリーと一緒に総勢12名でサッカーを観戦しました。イギリスとは思えない日差しが強い日ではありましたが、みんなでサッカー観戦ができ、思いの外楽しめ、日本とは異なるライブ感も味わえました。観戦後はそれぞれのホストファミリー宅へ向かい、英語漬けのホームステイ生活がスタート。

翌日は日曜日ということもあり、特に予定を入れていなかった中、ホストファミリーがご自宅へアフタヌーンティーパーティに招待してくださいました。私たち以外にもご親戚の方、ご友人も集まって手作りのケーキでおもてなしを受けました。日本人が来ると聞きつけて、5分だけ日本語を勉強してきたというご夫妻がいて、「When do you use “お邪魔します”?」と質問を受け、短時間の日本語の勉強で中々興味深い言葉の選択に驚きましたが笑、みんなで大変楽しくお話しさせていただきました。子供達は庭にある大きなトランポリンで飛び回りながらも、ホストファミリーの子供達から「MA-U-SU」じゃなくて「mouth」と英語の発音を注意されながら、会話も弾んでいました。子供達がすぐに打ち解けて和やかにしている様子を伺え、私もホッと一安心でした。

イギリスでは、日中はロンドンやケンブリッジへ観光に出かけ、朝晩は各ホームステイ先で生活します。ホストファミリーと一緒に生活して食事を摂ったり、ゲームをしたり、毎日楽しくて仕方がない様子でした。

ロンドンでの観光先は、学生達のリクエストで、アーセナルスタジアム、ポートベロマーケット、タワーブリッジ、ビッグベン、バッキンガム宮殿、自然史博物館、スターバックス。偶然通り掛かったテートモダン美術館のミュージアムショップに立ち寄ったり、バンクシー作品が見れたりも。ケンブリッジでは、2階建てバスに乗って街を回り、カム川のパントツアーや美術館にも立ち寄りました。私は別行動で Becca が勤めるケンブリッジ大学出版のオフィス見学にも行きました。

今回のイギリスでのホストファミリーを見つけたり、観光の手配をしてくれた元イマジン語学スタジオの講師 Ed と Becca 夫妻、息子の Henry が常に同行してくれただけでなく、親戚の Edwin が日本語の勉強を大学でしているというので、わざわざ電車で4時間かけてマンチェスターから駆けつけて、ホストファミリー以外にもたくさんの英語話者に囲まれ英語漬けの毎日を過ごせました。語学留学の一番大事な環境は、日本語話者より英語話者の人数が多くなることが必須です。また老若男女問わず話すことも必要で、その恵まれた環境の中、学生達は英語でなんとか伝えようと頑張っていました。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、イギリスでの滞在も最終日を迎え、ロンドン・ヒースロー空港から香港空港経由で関西空港へ戻り、2週間の旅が終わりました。

長旅の疲れもまだ取れない中、学生達はプレゼン発表の準備にマンツーマンレッスン受講をすぐに再開。フランスとイギリスでそれぞれのプレゼンのテーマに合わせて調べたり現地でインタビューしてきた内容をまとめ、ポスターを制作し、スピーチの練習をしました。
スポンサーである親御さんの前で英語でそれぞれプレゼンを発表し、質問にも応え、語学研修の成果を発表する機会となりました。それぞれ興味に基づいて選択したテーマは「Succer」「School」「Café」でした。

このプログラム The Get Program のキャッチコピーは、「Get to know myself, Get to know Japan, Get to know foreign cultures, Get to know English, and Get to Go overseas!」を掲げています。学生達が今回のプログラムを通して、言葉だけに限らず異文化を理解し体験した経験を生かし、一人でも海外へ行くことに躊躇せず、さらに英語力を身に付けて、将来世界へ旅立ってもらえればと願います。

The Get Program 2024 Part1

第5回目となる海外語学研修 The Get Program 2024 。研修先は年によって変わりますが、2019年以来となるフランスとイギリスの2カ国で2024年の夏に開催しました。
夏の2週間のヨーロッパでの語学研修に向けて、ゴールデンウィーク明けから通常のマンツーマンレッスンにプログラムの内容を組み込んでいきます。出発前の準備から帰国後のプレゼン発表日まで約半年間のプログラムです。
出発前には、語学研修のための宿題も出ます。まずは「映画パディントン鑑賞」。参加するどの学生もイギリスへ行ったことがなかったため、パディントンを観ることでホームステイのイメージがし易く、ロンドンの街並みも愉しめ、ストーリーも解りやすく、今回のプログラムにぴったりの映画だと思って勧めたものの、鑑賞後「熊がリアル過ぎて気持ちが悪かった」「あんまり面白くなかった」…学生達にこちらの想いは伝わりませんでしたが、映画は最後まで観てくれたので、オリジナルで作成した映画にまつわる英語クイズに答えてもらい、旅立つ前の英会話レッスンとして成り立ちました。
もうひとつの宿題は、家事。西洋では小さい頃から家の手伝いをするのは男女問わず当たり前で、特別なことではありません。ホームステイ先に宿泊するにあたって、出発までにできるだけ自宅で家事を手伝っていただくようお願いしました。洗濯も食器や浴槽を洗うのも初めてという学生もいて、お母様からは大変素晴らしい文化だと喜んでいただきました。それ以外の宿題は、フランスで制作するTシャツのデザイン、ロンドン観光地の希望をリストアップ。観光する場所も、ただこちらが一方的に決めるのではなく少人数制という利点を生かし、出来るだけリクエストに応えるようにしています。
出発前のレッスンでは、最終発表するプレゼンの準備、レストランやカフェでの英語で注文する方法、入国審査で聞かれるであろう質問への答え方等、準備は尽きません。
そんな中、私はイギリスでのホストファミリーがなかなか見つからない事と、35年ぶりと言われる円安に頭を抱えながら学生達を陰ながら見守っていました。
フランス式挨拶「ビズ」について南仏出身の講師によるフランス語も1レッスン設けました。

色々な準備をしていく中、学生達もヨーロッパへ行くワクワクする気持ちと同時に、緊張や不安も少し見受けられましたが、この期間が一番レベルアップできる時期でもあり、どの学生もモチベーションを上げて、いつも以上に気合いが入って英会話レッスンを受講している様子でした。
そうこうしているうちに、イギリスでのホストファミリーが決まり、学生達はそれぞれのホストファミリーに英語でメール連絡を取り始めます。お土産は何がいいか、フィッシュアンドチップスを食べてみたいと英語で伝えたり返信を受け取ることで現実味が増していきます。
そして、出発当日8月9日は天候にも恵まれ、学生達はご家族に見送られて関西空港を旅立ちました。

まず、関西空港から3時間のフライトで香港空港でトランジット、夜中便で12時間かけてパリシャルルドゴール空港へ。パリで開催されていたオリンピックの雰囲気を空港で少し感じ取った後、2時間のフライトを経て、南仏モンペリエ空港へ到着。迎えに来てくれていたコテージのオーナー Kevin から予想通り、練習したフランス式挨拶ビズで歓迎を受け、そこから車で1時間、宿泊先のコテージへやっと到着。飛行機の乗り換えや待ち時間を含めるとほぼ24時間かかって辿り着いた小さな街 Lodève (ロデーヴ)。私にとっては5年ぶりでしたが、車窓から変わらない素敵な街並みにほっと一息、遠いところへ辿り着いたなぁと重たいスーツケースをそれぞれの部屋へ運び込みました。

翌日からは、早速 Kevin によるアートの授業を英語で受けます。Kevin はとてもおしゃべりで早口です。アイルランド出身のため母国語は英語ですが、スペイン語とフランス語も堪能で、以前パリの美術学校でアートを教えていました。 Kevin 指導の元、学生達は考えてきたデザインを元にTシャツを仕上げていきます。

フランスでは、朝食後、工房で版画の授業を受けTシャツを制作します。午後は観光もしくはコテージ内のプールや川で遊んだり卓球をしたりして1週間を過ごしました。家事を練習してきた甲斐があってか、時間を見つけては中学生の男子2人は毎日自分達の服を洗濯していました。食後の食器を片付けたり、食事の手伝いも文句を言わず楽しんで取り組んでいました。

観光へは地元の美術館やカフェ、スーパーに出かける日も。Kevin 家族が総出で海岸近くのリゾート地 Sète(セート)へも車で連れて行ってくださったので、海で泳いだり、”南仏らしい夏のバカンス”を過ごし、時差ボケもすっかり忘れるくらいに満喫しました。夕食は Kevin のご家族やご近所さん宅へ招かれる日もあり、オリジナルTシャツも無事仕上がり、地元の少年とサッカーをするという目的も達成できました。

最終日、お世話になった Kevin 家族へ唐揚げや肉じゃが等の和食をもてなし、学生達は手作りのみたらし団子を振舞いました。リビングにある Jean Prouvé の素敵なテーブルを囲み、建築家の奥様 Radou と娘さん Isleen と団欒しながら南仏最後の夜を締めくくりました。

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Nothing Goes Well When I Travel.

幼少期の頃から暇があれば旅行に出掛ける環境にあった私ですが、いくら旅を重ねても免れられない困難に立ち合う事があります。旅行といえばトラブルがつきもの。その場その場でトラブルを解決できるかが旅を楽しむには必要だと今回も改めて思い知らされました。

2022年の年末にコロナ禍明け、3年ぶりに海外旅行でベトナムへ行きました。色々なコロナ関連のルールが緩和されたとはいえ、2回しかワクチンを打っていない場合、日本帰国時にコロナの陰性証明書の取得が必要でした。ベトナム行きにした理由は、陰性証明書の発行を航空会社がサポートしてくれるキャンペーンの記事を見て決めたハズでしたが、そのキャンペーンは既に終わっていたことにホーチミンに着いてから気づき、大慌てで帰国72時間前に滞在していたフーコック島の病院でコロナ検査をし、陰性証明書を抱えながら日本に帰国したのは昨年の話。その1年も経たないうちに、次の旅先でニュージーランドを初めて訪れることに決め、東京出発の直航便でなく、関西空港発香港経由でオークランドへ行くことに。母と二人分の航空券を押さえたのは出発3ヶ月前、珍しく日数に余裕を持っていたせいか有意義に構えていました。情報収集は最新の「地球の歩き方」、雑誌等で旅先のローカル情報を収集、細かい予定を立てないまま、慌ただしい日々を過ごしながら出発予定の12月を迎えました。

コロナも気にすることなく人に会う機会も多くなり、暴飲暴食が続いたせいか、食中毒なのか、原因不明の腹痛に見舞われ、旅行出発5日前に人生初の入院を経験する羽目に。「もし緊急手術になった場合、残念ながらクリスマス休暇はありませんよ。」という医師を尻目に緊急手術が避けられ、痛みも緩和した事から翌日逃げるように退院し、少しずつ回復していきました。

3日間ほぼ絶食に近い状態のまま出発日を迎え、関西空港には少し余裕を持って搭乗2時間半前に到着。搭乗券発券のためチェックインカウンターの列に並んで、やっと順番が回ってきたところ、預ける荷物のタグがついていないことを航空会社のスタッフに指摘され、再度長蛇の列の最後尾に並ばされる始末。思いの外時間がかかり、やっと順番がきたので、予約番号等を伝えパスポートを見せたところ、何やら話し込んでいるスタッフが一向に搭乗券を発券してくれない。ただでさえ時間がギリギリになってしまったのに「何か?」と尋ねると「ニュージーランドの観光ビザNZeTAを取得されましたか?」観光ビザ??手元にある’24年〜’25年最新版の「地球の歩き方」を再度チェック。「ビザについて」の欄に「ビザは基本的にいりません。」と2行にわたって記載があり、既に前日にも再確認した箇所。ところが、読み進んでいくと「ただし、2019年5月よりビザが必要…」との記述が(汗 スタッフから「ビザがないと搭乗券を発券できません。今すぐスマホで取得してください。」と一撃。慌ててスマホで申請しようとするが、焦りからか一向にうまく進まない。母はパニックになり、私の苛立ちは最高潮に達し、経由先の香港でNZeTAを取得するから香港までの搭乗券を発券して欲しいと伝えたら「それもできません。」と即答。時間が迫る、もう搭乗時間に合わないというところまできて半分諦めかけた矢先、「香港までの搭乗券のみ発券します。一旦香港で出国し、預けた荷物を受け取って、ニュージーランド行きの搭乗券を香港で発券してもらってください。」。こちらの提案を聞き入れなかった挙句、出発時間ギリギリの判断?!と激怒しながら走って搭乗ゲートに向かう。とはいえ、NZeTAを取得しなかったのは自己責任。ビザが取得できなかったら香港旅行に変更せざるを得ないかもしれない?!?!頭を抱えながら香港行きの飛行機に乗り込む。香港空港でのトランジットは4時間あるものの、出国に時間がかかるかもしれない、預けた荷物がすんなり出てこないかもしれない。気持ちを落ち着かせ機内の有料WIFIを渋々使用し、ニュージーランドビザの申請をスマホで再開。難なくすんなり申請できビザを取得。とはいえ、ニュージーランド行きの搭乗券が手元にある訳ではないので、何かと落ち着かず映画も観る気になれないまま、香港空港に着陸。
香港空港では、出国も荷物の受け取りもスムーズに進み、逆にチェックインカウンターが開くまでの時間を持て余すことになり、「どうなるんだろう、この旅行?」と体調もまだ回復段階の中、空港で鳴り響くクリスマスソングを聴きながらワンタンスープを飲んで溜息。

時間になってチェックインカウンターへ向かうと、時間も早いことから誰も並んでいない。事情を説明し、機内でビザを取得したと告げたら、一部間違いがあったものの、その場で丁寧にスタッフが訂正し、無事ニュージーランド行きの搭乗券が手元に!!!香港経由便に助けられ、(おそらく直航便だったらアウト?!)ニュージーランド航空のスタッフに感謝を告げ、搭乗券を振りかざして、香港を無事出国。唔該!
気分も一転、機内で映画を見て睡眠をとり、体調も回復していき、オークランド空港に現地時間午前9時半に予定通り到着。あいにくの雨はものともせず、20度を越える暖かい初夏のニュージーランドへ入国でき辿り着けた喜びは、いつもにも増して倍増!

さて、無事に入国できたとはいえ、予期せぬ入院のせいで何も予定を立てておらず、ホテルへの行き方も調べていない始末。Google mapで母がその場で検索したローカルバスを3台乗り継ぐルートの不便さに頭がボーっとしてたせいか疑問も抱かず、各バス停で人に訪ねながら宿泊先のホテルへ辿り着く。もちろん、シャトルバス一本で行ける方法があったと後から知るのはいつものこと。

現金は必要ないかなと両替をせず、クレジットカードだけ持ち出してブラブラとホテル近隣を散策。クリスマス翌日で、昼間でも閉まっている店舗が多い中、開店している数少ないカフェに入り、サンドイッチを注文。店主一人で切り盛りしていて、注文を受けてサンドイッチを温めながら「12ドルです」と差し出された支払い機にクレジットカードを差し込むと、エラーが発生。何枚か他のカードで試してもどれもエラー。サンドイッチを温め終えた店主が、諦めた様子で「支払いはいいから食べて。」と差し出してくれた。断る事もできず、とりあえずいただくことに。後で商品代を支払いに戻ると言ったら、あと30分で閉店、翌日は休みだと告げられた。「じゃ、必ず明後日に持ってくるから。」と約束し、食い逃げ?同然で店を後に。

その後どの店舗でもクレジットカードの支払いに困る事はなく、翌日は天気にも恵まれたので、ワイヘキ島へフェリーに乗って行く事に。
港まで着いているのにフェリー乗り場が見当たらず、土産店に入ってスタッフに場所を英語で尋ねると、説明しにくそうに英語で説明し始めたので、すぐ日本人だと分かった。「ワーキングホリデー3ヶ月目ですが、英語が全然上達しないんです。文法が苦手で…」と不安そうだったので、「文法なんて気にしないで、折角良い環境にいるのだから色んな人と会話することに心掛けて。」とエールを送り、フェリー乗り場へ。

世界1消費量が多いといわれるニュージーランドのアイスクリームを食べながらフェリー乗り場に並び日本語で母と話していると、「こんにちは。」と白人の男性が日本語で話しかけてきた。ヨットでニュージーランドから日本まで行った事があり、30年前に千葉県で英語を2年間教えていたとのこと。「今はここでドライバーをしているので、もし車が必要な時は車を出すから遠慮なく連絡してね。」と言ってくださった。到着2日目にしてドライバーの知り合いが出来てしまった(笑。

オークランドからワイヘキ島へはフェリーで40分程、ワイヘキ島に着いてからインフォメーションでワイナリーまでの行き方を尋ねると、歩ける距離だと伺い、歩いて2つのワイナリーへ島内の景色を楽しみながらハイキング。

テイスティング後、ワイナリーのレストランでやっとまともな食事と久々のワインにありつけ、一面に広がる葡萄畑を見渡しながら美味しい空気を吸ってお腹も心も満たされていきました。

翌日の朝、約束通り現金を持参し例のカフェへ。支払いに戻ってくると思っていなかった店主は「You don’t have to do!」と言いながら満面の笑みでしっかりサンドイッチ代金を受け取ってくれた。こちらもとても爽快な気分になり、その後カフェを通る度に手を振ってくれるようになり、また知り合いが増えた気分に(笑。

母と別行動の日は、ランニングをしたり、レンタルで乗り捨てできる電動キックボードで街の中を行ったり来たり。

雨の日は、オークランド美術館で MAORI 族について学び、現代美術館アートギャラリーへも足を運ぶ。
イギリスから観光にきていたマダムやアメリカから一人で旅していた女性とも話す機会に恵まれ、意外に欧米人の観光客が多い国だということにも驚きました。

最後に、北東に位置するマタカナという街で開催されるファーマーズマーケットへ行ってみることに。長距離バスから乗り継いだローカルバスが渋滞に巻き込まれ予定より1時間遅れで到着。ファーマーズマーケットは地元だけでなく観光客で大賑わい。移民が多い国ならでは、イタリア、フランス、メキシコ等それぞれの国の料理店が並び、目移りしながら食事や買い物を楽しむ。とはいえ、帰りのバスの遅延を懸念し、早目に切り上げることに。予測通り、帰りのローカルバスも1時間遅れ、乗り継ぐ長距離バスも1時間以上遅れ、さらにバス内で鳴り響くエラー音の原因を運転手が突き止めるまでの間、1時間車内で待機させられる羽目に、、、半日で済む予定がほぼ丸一日かかってしまった。

あっという間に帰国日、ホテルから空港まで1本で行けるシャトルバスを予約していたので、スムーズにオークランド空港へ向かい、帰国便は遅延もなく、また私の不備もなく、香港経由で関西空港に無事帰国。

色々なトラブルをくぐり抜けた先に奇跡的に辿り着けたニュージーランド。印象に残ったのは、人々が本当に親切で安全で自然豊かな国だったこと。また、環境問題に対する意識が高かったこと。テイクアウト用の惣菜用にも、スーパーマーケットにもレジ袋は見当たらなかった。野菜や果物だけでなくチョコレート等の量り売りもあり、その意識の高さは日本と比べものになりません。プラスチック(ビニール袋)を使用しない生活環境が当たり前で、自然や自国をとても大切にしている国民性に触れることができました。

今回に限らず、私の旅はトラブルがつきものですが、トラブルが起こる毎に人に助けてもらい、なんとかなってしまうので、次の旅行計画を立てる頃には、このような大変な思いもすっかり忘れてのんきに新たな旅の計画を立てることになりそうです。ただ、助けてくださったり親切にしていただいた人々のご恩は忘れず心に刻み、療養の旅となったニュージーランドも思い出に残るひとつの旅になりました。トラブルはもちろん無い方がいいに決まっていますが、それなりに解決できるスキルがアップデートされたと思えば次の旅も楽しみになります。

もし、ニュージーランドへ初めて旅する事があれば、観光ビザNZeTAの申請はくれぐれもお忘れなく。もしくは、ビザの必要がない国を経由して行かれる事を心からオススメします。(2024年2月現在)

15th Anniversary Party

2023年3月2日イマジン語学スタジオは、開校して15周年を迎えることができました。コロナ禍で全てのレッスンをオンラインで行っていた2年間も含め生徒の皆様が熱心に通ってくださったお陰です。本当にありがとうございます。

15周年と少しキリのいい数字ということもあり、久々にパーティを開催しようと計画したものの、計画当時の3月はコロナを心配される方も多かったので、どれくらいの人数が集まるか不安でしたが、現英会話講師でシェフの経歴をもつ Kris が「シカゴピザを焼きたい!」と意気込んでいたので、自分達だけでも楽しめたらいいかなというような軽い気持ちで芦屋周辺のレンタルキッチンを物色。夙川に良い場所が見つかったものの、すぐに予約が取れなかったので5月に時期をずらしての開催に決まりました。

20名は参加くださるかなぁと見込んでいたところ、締め切り日が近づくにつれ50名を越えていたので、Kris に一人で食事の準備をするのが難しくないか尋ねたところ「アメリカで毎日500人前分作っていた事があるから全然大丈夫。」と心強い返事をくれました。

コロナ前は料理家さんにケータリングをお願いし、よく教室でパーティを開催していましたが、今回は食材の調達から全て自分達でしなくてはならない等不慣れな事が多く、打ち合わせを重ねていきました。

一番困った事は、ピザの型がないことでした。シカゴピザは高さが6cm以上と分厚く、本来は直径40cm程。今後自分でも使うからと Kris が直径40cmの型をオンラインで見つけ、注文しかけたのを横目に「ガスオーブンの大きさを確認するから、ちょっと待って!」と引き留め確認すると、案の定、レンタルキッチンに付随のオーブンは直径25cm程の大きさしか入らないということが判明。60人前となると12枚焼かなければなりません。1枚焼くのに30分かかるピザを前日に1人で仕込んで焼く場合、12個の型が必要と Kris に言われましたが、今後ピザ屋をオープンする訳ではないので、このためだけに12個の型を買う予算はないぞ。そこで、厚紙を利用して丸い型を作り、そこにクッキングシートを貼り付けたもので試して焼いてもらうことに。問題なく焼けたので、厚紙の型で挑むことになりました。

ピザ用の強力粉5キロ、チーズ6キロ、クッキー用の小麦粉2キロ、砂糖3キロ、バター1.8キロ、フライドチキン用の手羽先100本…。パーティ2日前にキッチンに届くよう手配し、食材はすべて注文完了!

パーティ2日前、ひとつ荷物が届いていないとレンタルキッチンのスタッフの方から連絡があり、慌てて追跡。一番大事なピザ用の強力粉!!!ヤマト運輸さんを信じてパーティ前日を迎えることに。

パーティ前日、Kris の代わりに英会話レッスンは、臨時講師 Shayne に助っ人で入ってもらい、Kris が仕込みのため現場に向かう中、「まだ荷物が届いていませんが、大丈夫でしょうか?」と再度レンタルキッチンのスタッフの方から連絡をいただく。届くまでチキンを先に仕込むから大丈夫とKris は落ち着いた様子で「とりよしさん」で仕入れた100本の手羽先を抱えて現場へ向かいました。もし、届くのが遅くなるようなら、近くの店舗へ走って買って届けるしかないかとヒヤヒヤしていましたが、現場に Kris が到着するのとほぼ同時に、待ちに待った食材が無事に到着!ヤマト運輸さんに感謝。

ピザの準備をしている Kris から「I’m stuck on these paper. It takes so long.」(厚紙の型で上手く生地がまとまらなくて時間がかかるんだけど)とメッセージがきて、しばらくした後「I found a way to do it!」(良い方法を見つけたから大丈夫!)と連絡をもらい、焼けたピザの写真を確認し、ほっと一安心。予定時間内に下準備を終えて、翌日のパーティの日を迎えました。

パーティ当日の朝、前日に焼いたピザとクッキーを前に Kris は得意げに楽しそうに他の準備に取り掛かっている中、Caleb がクッキーの袋詰めを終えて「I have good news and bad news.(良い報告と悪い報告があります)」。悪い報告というのは、お持ち帰り用のクッキーの数が60枚であるはずが38枚しかない。どうしてでしょうか….。クッキーモンスター出現?「あれ、それだけしかなかった?じゃ、今から追加で焼くよー」と変わらず動揺もなく、鼻歌を歌いながらミキサーにバターと砂糖を入れてクッキーを作り始める Kris 。ところで、良い報告は?と尋ねると Caleb のアイデアで貼った「imagine」の「i」を型どったシールが可愛いく貼れた事だそうです(笑

そんな中、開催時間になり、ぞくぞくと生徒さん、ご家族、ご友人の方が集まり、初めて出会うシカゴピザを味わっていただき、和気藹々と楽しそうに色々な方と話している様子をみて「久しぶりの雰囲気だなぁ」と浸っていると、「Hello! Hello! Hello!」と元気よく Kris の呼び声。シカゴピザのデモンストレーションが始まりました。どんな風にシカゴピザを作るのかを知りたいという生徒さんのご希望に添ってデモをしてくれる予定ではありましたが、もちろん台本もなく練習をしていた訳でもないのでどんな感じになるかと後ろで様子を見守っていると、流石エンターテイナー!アドリブとは思えない軽快なパフォーマンスで、ピザ生地を投げてジョークも飛ばして楽しませてくれました。
ひとつの生地に使うあまりに量の多いチーズにみんな「おぉ!」と驚いてくださり、掴み処もガッツリ。

最初から最後まで居てくださった方もいて、初めて会う年齢も様々な生徒さん達、そのご家族、ご友人方、講師達と会話が弾んで、美味しいシカゴピザをみんなで一緒に食べて楽しいひと時を過ごし、無事パーティを終えることができました。

人との交流が極端に減ってしまい、英語でも「isolate」という言葉が多用されたコロナ禍。3年以上もかかりましたが、やっとたくさんの方に対面で会え、長かったコロナの終わりを迎えられたと確信できた日でもありました。

改めて、15年という月日を思うと一回り(12年)過ぎたことや、コロナ禍を乗り越えた事が要因なのか、一つ時代が変わったような感覚があります。
以前通ってくださっていた生徒さんのお子さん、お孫さんが通い始めてくださったり、講師達の世代が代わり、オンラインレッスンも定着して、県外から受講いただくようになったり。英会話を学習いただく基本のスタンスはオープンの頃からほぼ変わりませんが、それを取り巻く環境や色々な事象がググッと一気に流れを変えた気がします。基本は崩さず、その時代に沿って変化していく必要性を考える機会にもなりました。

手作りゆえ、至らぬ点や思いがけない事でスムーズには開催できなかったパーティではありましたが、お越しくださった方が楽しんでくださって、「また開催して欲しい。」「またシカゴピザを食べたい!」と感想をくださり、嬉しい限りです。パーティ後日、早速シカゴピザを焼いて報告をくださった生徒さんもいらっしゃいました。誰より一番楽しんでいた Kris が、終わってすぐに次はいつ開催できるのかとワクワクしているので、また近々別の形で今回の反省をバネにバージョンアップして開催できればと思います。

最後になりましたが、お越しくださった皆様、レンタルキッチンboboのスタッフの方々、講師達、見守ってくれる家族へこの場を借りて御礼を申し上げます。
また、お菓子やワインやシャンパン等差し入れ等もたくさんいただいてしまいましたが、お気遣い本当にありがとうございました。

P.S. さて、追加して焼いたクッキーがどうなったかというと… 小麦粉が足らずピザ用の強力粉で焼いてしまったのが要因で鉄板にこびり付いてしまい、とてもお渡しできる状態でなかったため、隠れて Caleb がキッチンの隅で食べたというオチで終わりました。

Welcome to the 14th year at imagine*!
We are ready to support you in person or online.

2022年3月2日水曜日、イマジン語学スタジオは、お陰様で14周年を迎えることができました。残念ながらまだコロナ第6波の渦中でしたので、スタッフと三人だけでひっそりとお祝いしました。昨年末頃までは全レッスンをオンラインで貫いていましたが、遂に講師達のリモートワークを取り止め、対面レッスンを受講いただけるよう講師達が教室に戻り、対面レッスンを復活させました。オンラインレッスンを取り止めた訳ではなく、引き続き Zoom によるオンラインレッスンも受講いただいており、オン/オフを選んでいただけるハイブリッド型となりました。オンラインレッスンのお陰で関西圏に限らず、北海道、青森、東京、岡山等々、遠方からも受講いただいたりと、何とかパンデミックの渦中、ニューノーマルの流れに乗りながら生き長らえています。

パンデミックが2年も続くと、小学生だったお子さんが中学へ進まれ、大学生だった学生さんが社会人になられたり、引越や結婚等で生活環境に変化があった方も多いのですが、そのような変化にも関わらず、英会話レッスンを継続され励まれている生徒さん達や、また、この難しい環境下に英会話レッスンをスタートし熱心に通ってくださる生徒さん方々のお陰でこの14周年を迎えられたのは言うまでもありません。心より感謝申し上げます。

当スタジオでは、親子や兄弟で通ってくださる方も多く、ご家族ぐるみでお話しさせていただく機会も多いのですが、14年前の開業当初の頃に、『パイロットになりたい』と話していた小学生の生徒の男の子が、アメリカの大学を卒業し、パイロットの資格取得で奮闘中だと、お母様がお手紙をくださったり、10年前に通ってくださっていた方が結婚され、その息子さんが当スタジオに通い始め、二世代に渡って通ってくださることになったり、オンラインでレッスンを受講してみたいのだと、10年ぶりに通い始めてくださったり。小さい規模ながら、14年続けてきたからこそのご褒美をいただいています。

オンラインレッスン以外に始めたことといえば、英検®対策です。二次試験対策は以前から行っておりましたが、一次試験対策のサポートも開始しました。英会話を学びながら日本で求められる英語の資格取得や、学校の成績アップにも繋がるようサポートしていく体制を整えています。また、この2年間に開催できなかった海外でのホームステイプログラムも、今年こそは実施できることを願って、ニューノーマル時代に沿ったスタイルを模索しながら、無事に次の15周年を迎えられるよう、これからも精進して参ります。

The beautiful island scenery made us much closer!

朝の9時、ガランと人影の少ない伊丹空港。まずは鹿児島経由で喜界空港に到着。2時間程しか滞在時間のない喜界島では、朝日酒造と100歳は超えるといわれるガジュマル巨木を見学。サトウキビ畑が広がる島内を走りながらタクシーの運転手さんが『僕のおじちゃんが芦屋に住んでるよー。』とフレンドリー。独特のアクセントがなんだか心地よい。車窓から見る景色は、自然豊かな中にポツポツと家が建っていて、コンビニ等は見当たらない。もちろんスタバもない。本当に小さな島。
喜界空港に戻り、強風に煽られ、揺れるプロペラ機で遂に奄美空港に到着!
レンタカーに乗り込み、ウィンカーとワイパーを間違えて動かし、慣れない車のアクセルを踏み込んで戸惑う私に『 When did you drive last time? 』と Matt に突っ込まれながら名瀬町へ。ホテルチェックイン後は、予定していた居酒屋へ。油そーめん、もずく天ぷら、新鮮なカツオ、豚みそ、地元ならではの島料理と黒糖焼酎を堪能し、奄美大島へ無事に来れた事に安堵する。
2日目は、島一番美しいと伺った「加計呂麻ビーチ」で1日遊ぶプラン。名瀬町から1時間、瀬戸内町へ車を走らせる。曲がりくねった道、トンネルをいくつも通り抜けていくと海岸が右に左に見えてくる。
目的地に到着後、クルーザーに乗り込む。ライフジャケットを着け、加計呂麻島へ! アクアブルーの海を自慢げに説明してくれるクルーザーを運転する藤本さん。ノリが良いと思ったら大阪に30年住んでおられたそう。『英語で何言ってるかわからへーん!』という藤本さんをよそにみんなすっかり打ち解けていた。スノーケリング用にウェットスーツを着て、足に付けるフィンのサイズが思った以上に大きかった Matt に『日本語では「バカの大足」って言うねんでー。』と藤本さん。初めて会ったとは思えず言葉の壁を超えて、Matt は英語で藤本さんは日本語で何か言い合っている。
初めてスノーケリングをした私も始めは足をバタつかせ、不慣れだったのが、波に身を任せて浮かんでみると自然と波に運ばれて海中の色とりどりの小さな魚達が珊瑚の間を泳いでる様子を見ることができました。加計呂麻島だけでなく無人島にも連れて行ってもらい、楽しい1日はあっという間に過ぎ、今晩宿泊予定の北部へ車で移動。
翌朝は、ホエールウォッチング。昨日1日海で遊んだせいで、Matt は赤くなった顔が少し痛そうで、そんな事をやいやいと話し込んでいたら、出発が遅くなってしまった。『遅れます!』と受付に連絡すると『15分以上遅れたら船に乗れません』と一撃。大慌てで目的地まで向かう。知らない道を大急ぎで突っ走り、なんとか10分遅れで滑り込みセーフ!『遅れてすみません!』と謝る私に待っていた他の乗客は結構冷たい目線。『遅れたせいでクジラみれないかもしれないじゃない』とでも言いたげな。そんな気まづい空気の中、船は出航し1時間もしない内に白い水しぶきを発見! 尻尾をゆったり沈ませながらポーズをとってくれたり、ジャンプまで見せてくれ一頭のクジラが、しばらく漂ってくれている。そんな中、『地元のカメラマンが潜ります。』とスタッフさん。カメラマンは、クジラに向かって泳いでいき、海中でクジラを撮影。スノーケリングのパイプから水しぶきをシュッシュッと吹き出しながら潜ってカメラ撮影されている。大海原の中へ飛び込み、海中で撮影する姿を間近で見せていただき感動。船に戻ってこられて、声を掛けたら『クジラを撮るの好きなんです。』と満面の笑み。クジラだけでなくサーファー等を撮影されるプロのカメラマンで、Patty の出身ドミニカ共和国にもお仕事で行かれた事があるそう。アメリカの大学で写真を学ばれ、今は、奄美大島在住だとか。そんな素敵な出会いもあり、かなり揺れる船に酔いそうになりながらも、また別のクジラにも出会え、ホエールウォッチングが終了。
『遅れたお陰で1頭目のクジラに出会えたよね。』なんて言いながら、忘れてならないローカルフード「鶏飯(けいはん)」は、有名店「みなと屋」さんで堪能し、ホテルへ戻る。午後からの英会話レッスンの準備を行い、仕事も無事完了。
最終日は、午前中ゆったりと過ごし、空港までの途中にある田中一村記念美術館を訪れ、帰路につきました。

久々の旅、それもコロナ禍、緊急事態宣言下という中で、飛行機に乗るのも外食するのも何をするのにも特別感があり、そのせいかより一層楽しめたような気がします。また、奄美大島の大自然が心を解放してくれたのでしょうか、ほんの3泊4日の旅がとても気持ちを豊かにしてくれました。島を愛されて、好きな事をお仕事にされている人達の笑顔から癒され、久々に再会した講師達の笑顔も見れて、度重なる欠航にもめげず、訪れることができて本当に良かったと思えました。
旅は、「不要不急」とされている今、急を要しないにしても人生を豊かにしてくれる必要不可欠なものだと再確認させられました。

最後になりましたが、ご理解のある生徒さん方、島でお世話をしてくださった方々、ワーケーション体験事業の事務局へ感謝を申し上げます。
『 When is the next workation? 』と聞かれていますが、またどこかから英会話レッスンをお届けできる機会があればと嬉しいです。